平塚江南校舎 江南同窓会

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江南同窓会会報57号

江南同窓会会報 第57号を平成22年3月1日に発行いたしました。
母校が平成23年に創立90周年を迎えること、母校女子制服が新デザインになること、羽生新校長の着任、会則の改定など、盛りだくさんの内容のため、本号は6面構成といたしました。
   1面:平成21年度総会、会長挨拶
   2面:羽生校長着任挨拶、恩師からの便り(柳田先生、安藤先生、川崎先生)、第4回青春かながわ校歌祭
   3面:会則改定
   4面:母校創立90周年記念募金へのご協力のお願い
   5面:OBインタビュー(山下さん 高18)、現役生の活躍
   6面:海外だより(前田さん 高6)、会員だより

紙面をPDFイメージでご覧いただけます ⇒ 1面  2面  3面  4面  5面  6面

「人間万事塞翁が馬」     山下 徹さん(高18回)
                インタビュアー 美濃本小夜子(高18回)、小川範子(高25回)、金子明史(高25回)

山下 徹さん
 街路の樹々に秋の深まりを感じる11月12日、江東区豊洲にある豊洲センタービルのNTTデータ本社に、山下徹さんをお訪ねしました。 
 昭和46年東京工業大学理工学部を卒業後、日本電信電話公社(現NTT)に入社。民営化され後にNTTデータに分社化。 2005年に副社長、2007年に社長に就任し多忙な日々を送られています。


―早速ですが、山下さんが書かれた『高度IT人材育成への提言』(国際競争力の復権にむけて)というこの本を読ませて頂きました。 私達の生活はとても便利になっていると思うのですが、実はソフトウェアの分野の恩恵に預かっているということがよく判りました。

「よく見つけましたね。経団連の高度IT人材育成部会長を仰せつかりまして、インド、中国、韓国、アメリカ、欧州等自分の目で見て感じたことを書きました。工場は海外に出ていってしまうことが多いですが、開発とか設計は日本に残せます。それに、製造物の中身は最近ではソフト屋の分野ですからね。  例えば、ハイブリッド車などはほとんどがソフト屋の域です。ここを伸ばすにはやはり『人間』、人材育成じゃないかと思いますね。」
イギリス エジンバラに出張した時

―この本を読んでいて思ったのですが、日本と外国では製造業では五分と五分、でもソフトでは1対10くらいと。マイクロソフトやグーグルが基本ですからね。

「そうですね、10倍違うと思いますね、今のところ。それを少しでも拮抗させたいと頑張っています。 我が社も海外に24ヶ国、71ヶ所の事業所を展開しています。」

―グローバル化も加速しているようですが、社内のネットワークも充実しているようですね

「ええ、社内に公式、非公式のネットワークがたくさんあります。 その中でも社員の発案で導入したSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)ではプライベートな情報も混在し仕事中も閲覧OKとしています。」

―仕事関係だけじゃないんですね?

インドのタージ・マハル
(ソフト会社を訪問した時)

「ええ、“公私混合”です。仕事だけじゃおもしろくないですよ。 プライベートな楽しいサイトがたくさんあります。 でも、これに入るとまずQ&Aが見える仕組みになっています。
で、例えば朝10時に見たら『お客様からの質問に早急に回答したいのですが、分かる人いませんか』というQがあり、午後3時に見たら、もうコメントがいっぱい書き込まれていて次の日には回答できたということも起きています。 このネットワークが無ければ一週間はかかってしまうでしょうね。 
逆にいうと、この忙しい時にこんなに大勢見てるのか?!(笑)とも思うのですが、まあいいかと! 
 僕が会社で講演したりするでしょ、そうすると『社長の話はつまらなかった』とか、悪口を平気で書くんだよ。」

―実名ですよね?

「そうだよ、勇気あるやつだよね(笑!)。
 一番活用しているのは女性社員かな。 産休や育休の問題、現在増やしているけど女性社員はまだまだ少ないから職場で孤立化したりと。 それがこのネットワークを通して繋がりが増え仲良くなったようです。 彼女らからの要望で社内に保育所も作ることになりました。」

―ところで、東工大から電電公社に入社したキッカケは?

「都市開発関係を専攻していて是非とも行きたい会社があったのですが、まだ出来たばかりの会社でその年は募集していませんでした。 そこで就職担当の教授がある有名な会社を紹介してくれたのですが、それを聞きつけた友人に是非とも譲って欲しいと頼まれ譲ってしまったのです。 就職担当の先生が大変怒って、山下には就職を紹介しないということになってしまいました。
 僕は5年目だったんです。 大学院じゃなく、学部の学生として熱心に?勉強して5年目(笑!) で、研究室の教授が見かねて探してくれました。 いつまでも研究室にウロウロと居られても困ると思ったのでしょう。『まあいいか、長く勤めるつもりも無いし・・・』と思ったの。 だってきらいだもの、電気なんて。見えないし(笑!!)」

―でも、長くなった?

「丁度その頃電話だけでなくコンピュータを電電公社が始めまして、情報システムの勃興期で、コンピュータとネットワークをつなげて社会が抱える色々な問題を解決しようとみんな燃えていました。  これは面白いと思って、そのまま今に至っています、ズルズルと(笑!)
後日談ですが最初に行きたいと思った会社はその後倒産してしまいました。 人生はわからないものですね。」

―江南の頃で思い出に残ることは?

「高校時代が転機でしたね。 僕は子供の頃から歴史の先生になるのが夢でして、考古学とか憧れますね。
高校2年で文系、理系とクラス分けする時、迷わず文系にしました。でも、英語は苦手でした(英語のテストが返ってくる時のいや〜な気分)。好きではないけど数学、物理、化学とかは成績が良かった。 そんな時、英語の先生が『人間は自分の欠点を隠そうと努力するけど却って目立つもの、むしろ、得意なことを伸ばす努力をしなさい』と言われたのが心に響き、2年の半ばで担任の安斉先生に『理系に変わりたい』と相談に行きました。 先生は驚いた様です。理系から文系にいく人はいましたが逆はあまりいませんよね。でも、この時変わったことが現在の僕に繋がっています。」

―母校の生徒に一言おねがいします。

「私のように好きなことと得意なことが合っていない人も居ると思います。 好きなことは趣味として世間の評価を気にせず自分流に楽しむのも人生の豊かさにつながります。 私の場合、仕事が苦しいときでも歴史ものに会うと時間を忘れます。 将来の進路に迷っている人の参考になればと思います。
 それと、僕が好きな言葉に『人間万事塞翁が馬』というのがあります。 これまでの自分の人生を振り返ると挫折と失敗だらけですが、不思議と挫折や失敗が将来の糧につながっています。 失意の底にある時でもベストを尽くしていればその経験は何時かはこやし になると思いますよ。」

お忙しいなかを本当に有難うございました。 帰る時、秘書の方が『社長のあんな明るい笑顔、久しぶりに拝見しましたよ』と言って下さったのが印象に残りました。 これからもお元気でご活躍下さい。

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海外だより(オーストリア)  「ウィーン発」     前田昭雄さん(高6回)
ウィーンのクリスマス
 オーストリアの政府留学生としてはじめてウィーンへ行ったのは1961年の9月でした。それ以来、クリスマスはウィーンで、でもお正月はスイスで、というのが一番多いパターンになっています。日本でお正月というのも好きで、10回くらいはそうだったでしょうか。

市庁舎Rathus前のクリスマス子供市
Christkindl-Markt 2009年
 日本でも世界でもお正月、ウィーンといえば断然有名なのがウィーンフィルのニューイヤー・コンサートでしょう、が、そこにいてしまうと、「お決まり」を避けて、スイスや日本でテレビ中継を見ることになってしまうのです。バレーなど入って、きれいな演出で楽しめます。しかしクリスマスの雰囲気は、違います。ヨーロッパでもウィーンのクリスマス市は有名で、各国からの観光バスもたくさん来ていますが、例えばこの市庁舎前の子供市など、その場にいないと楽しめない独特の雰囲気があります。

夜通し「ウィーナー・ワルツァー」?
 今年はクリスマス直後に移動して、お正月はまたスイスで過ごしました。オーストリアとスイスの間にはアウトバーンもありますが、チロル付近は景色がよくて時に混むので、鉄道が便利です。特に夜行寝台特急!「ウィーナー・ワルツァー」という名前で、ウィーン西駅を夜22時25分に出て、翌朝7時にはチューリッヒに着きます。その逆も大体同じ時間です。車両は新しくなったけれど、この列車自体は四十年以上変わっていません。

車内の朝ごはん
朝ごはんにコーヒーとゼンメルパン、それにジャム、バター、ジュース、ヨーグルトなど六点まで選べます。なかなかおいしいのです。寝ているうちに着くというのが、何より魅力ですね。

スイスでお正月
 チューリッヒとルツェルンの間に、ツークという町があるのをご存知ですか。そこからバスで25分、標高740mのエゲリ湖のとっつきにウンターエゲリUnteregeri という村があって、そこが私の1973年以来の定住地になっています。チューリッヒ大学に勤めていた30年の間、ここから30キロ、車で30分の森の道を通いました。スイスでも空気のきれいな保養地とされています。その道はシール川に沿ってシールの森を通るので、四季おりおりの景色が素敵でした。ウィーンの森も雰囲気がありますが、シールの森も大作曲家に愛された立派な歴史を持っています。ヴァーグナーの楽劇「ジーグフリート」で出てくる『森の囁き』の音楽はここで構想されました。ブラームスの第一交響曲、フィナーレで出てくる有名なホルン主題は、この森の近くのアルプホルンで聴いたと、ブラームスはクララ・シューマンに書き送っています。

スイスでお正月
 シューマンも― ハイデルベルグで大学生だった二十歳の夏休みに、スイスを通ってイタリアまで行った時―シールの森を下に見下ろすアルビスの峠の道を一日歩き、ツーク湖をわたってリギの山に登っているのです。 
 この有名な山のなだらかな三角形の峰は、わが家のバルコニーからも遠望することが出来ます。若いシューマンは知らずに素通りしてしまったけれど―このエゲリは素敵な場所なのです。 
 江南時代に、「わが谷は緑なりき」というアメリカ映画をみました。そう、春はもう遠くはな
い、谷は一面の緑に輝くでしょう!

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前田昭雄さんプロフィール
東京大学文学部、同大学院で美学美術史を専攻。
その後、ウィーン大学で音楽学を学び、1967 年に哲学博士の学位を得る。
チューリッヒ大学をはじめ、ベルン大学、ミュンヘン大学で教鞭をとる。
国立音楽大学で招聘教授を務める。

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平成18年(53号) 1面  2面  3面  4面
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